ものづくり特集:琉球ガラス村の環境への取り組み「mado」とこれからvol.1

廃車のガラスを再利用した製品「mado」

「琉球ガラス村(株式会社RGC)」はご存知の方も、観光やお買い物で足を運んだことがある方も多いかと思います。沖縄本島の最南部、糸満市にある県内最大の手作りガラス工房、買い物だけではなく、見学や体験のできる施設です。那覇空港からも車で25分。2キロほど先には「ひめゆりの塔」があります。

「琉球ガラス」と聞くとどんなものをイメージするでしょうか?筆者は「mado」を拝見して、「琉球ガラスぽくない」「琉球ガラスらしさってどんなことだろう」と思い、営業担当の當眞(とうま)さんにお話を伺いました。

 

琉球ガラス村、リニューアルとコロナ禍

「琉球ガラス村」は施設の開設から30年が過ぎ、2年ほど前にリニューアルをしています。観光施設というばかりではなく、「沖縄の地元の人が集える場所」として、マルシェや県内の手仕事の作り手さんに出店いただくイベントも去年より開催しています。「沖縄みやげ」から「工芸」「手仕事」を発信する施設としてハードを整備しました。

イベントの様子

2019年度では、地元の方の施設の利用率は3%ほどとかなり低いものでした。コロナ禍という状況もあり、比較は難しいのですが、今は60%ほどが県内のお客様です。県外の方が「おみやげ」として購入する金額より、県内の方が「日常で使う食器」として選ばれる購入金額の方が高いのはちょっと嬉しいことでした。とはいえ、国際通りのおみやげ店にも多くの商品を置いていることもあり、コロナ禍の直接的な影響は大きく、売り上げは最大で月に95%ダウンです。

 

琉球ガラス村の特徴

県内最大の窯の前で作業中の様子

規模が大きいことと、他にはない重油窯(8月まで使用、9月から電気釜に)を24時間365日焚いていて、一番多くのガラスが溶けている状態です。多くのるつぼがあることでたくさんの色ガラスを組み合わせて作ることができます。県内最大の窯と職人数で、安定的に生産することが可能です。

元は1983年に製造施設として大きな窯を持った組合を作り、6つのガラス工房が集まったことが始まりでした。沖縄でも工芸系の組合が株式会社にまでなったことは稀な例だそうです。県内で活動しているガラス作家の中にも、「琉球ガラス村」で働いていた経験がある方がいます。
今働いている職人もいろいろな工房から集まってそれぞれ得意な技術も差異があり、さまざまな製品が作れますし、職人同士の技術交流もあります。工芸士が12名、現代の名工に選ばれた職人が3名いるというのも全国でも稀な環境です。20代の若手も順調に工芸士を目指しています。

職人に向いているのは暑さに強い人、電気窯に変わり7度くらい下がりましたが、1000度を超える溶解炉に向き合います。体力仕事なので男性ばかりの職場ですが、来年女性が入ってくる予定で準備しています。女性ならではの感性や視点が入ってくることで新たな製品が作れると楽しみにしています。

 

「琉球ガラス」の価値

多くの商品が並ぶ店内

これからは蓄積されたガラスの知識、技術の高い職人が集まっていることを包括的に製品のストーリーとして伝えて、もっと価値を認めてもらえるようにしていこうとしています。「おみやげ」のイメージが強いことで、本来の価値が売り出せていない、廉価なものもたくさん作ってきました。工業的なライン生産ではなく手仕事ということで、どんなオーダーにも対応できてしまいます。あと1センチ…などというオーダーを受け続けていたことから商品登録数が1万5千点を超えていました。
昔流行りの形は整理したり、レギュラーの主力商品をしっかり定めることで効率化も図っています。琉球ガラスは分厚めのぽってりしたものが定番で人気ですが、最近は薄めのガラスが流行ってきているので、普段より薄めの製品を作ったりもします。

 

「琉球ガラス」の成り立ち

沖縄でのガラス製造は明治時代から行われています。その頃は原料ガラス「ケイ砂」から作っていた貴重品でした。沖縄戦で工場が破壊されましたが、技術を持っている人はいました。廃瓶が原料として使えることになったこと、駐留米兵がガラス製品を求め、リクエストに応えていったことが戦後の発展に寄与しました。

というのも、米兵のリクエストはお土産のための中東のガラスを模倣したアラブっぽい首の長い香水瓶など装飾的なものだったのです。当時の沖縄は「オリエンタルな国」のイメージで東洋のガラスという大きな括りでイメージされていたようです。そのような高度な技術を要するリクエストに答えて行ったことで技術が高まり、需要によって産業が確立されました。70年代、80年代のことです。この頃のガラスや貴重な2000年前のものなどコレクションも展示していますので見ていただきたいです。80年代からは何度かの沖縄ブームの度に、「琉球ガラス」が広まっていきました。

米兵のリクエストで作られた装飾的なガラス

 

おみやげとしての人気の反面、日常で使われていない

2019年2月くらいから「mado」のプロジェクトが始まって、2019年の7月末、「フジロックフェスティバル」での沖縄のブースでの出店が初めてです。そのあとは店頭やオンラインで扱っていてコロナ禍に入った頃に認知度が上がってきていたところでした。

「琉球ガラス」は昔から内祝いや開店祝いなど贈答品として選んでいただくことが多く、沖縄県内のご家庭の食器棚には必ずあるようなものです。しかし、棚に仕舞われたままで日常使いされていない現状が「琉球ガラス」業界の課題となっています。
プレゼント映えするものと、日常使いするものとは差があると思います。「琉球ガラス」は華やかな色の「おみやげ」での需要が長く続いて発展した産業です。

手作りガラスメーカーとして、腕を磨き、アイデンティティがありつつも、もっとユニークなものを作りたい、シンプルで使い続けられて「ストーリー」に共感いただけるものとして「mado」のシリーズを展開しています。

贈答品として人気のカラフルなグラスや花器

 

 

 

ものづくり特集:琉球ガラス村の環境への取り組み「mado」とこれからvol.2へ続きます(近日公開!)

 

 

琉球ガラス村

住所︰〒901-0345 沖縄県糸満市字福地169番地
営業時間︰11:00~17:30(年中無休/現在時短営業中)
WORKSHOP ThinkThinkは11:00~17:30まで
     (最終受付時間 色付け体験15:30、その他は16:00)
定休日︰年中無休
※台風接近時、風速25m以上の場合は
    閉店する場合がございますので、お電話にてご確認ください。
TEL:098-997-4784
FAX:098-997-4944
Eメール︰info@ryukyu-glass.co.jp / お問合せフォーム