投稿日:2021.09.22

ガマについて【元琉球王族、尚家が語る沖縄への想い】

皆さん、こんにちは。

久しぶりにコラム記事を寄稿させて頂きます。
今回のお話しは「ガマ」のお話しになります。

沖縄だけではなく日本各地で祭りや祈りの形が終焉を迎えたり、形態が変わりつつある中、沖縄における「ガマ」といわれる自然に作られた洞窟についてのお話しをさせて頂きます。

沖縄には石灰岩で形成された鍾乳洞が何千とあり、その鍾乳洞の事を『ガマ』と呼んでおります。
ガマは様々な使い方をされておりました。
祈りの場所でもあり、葬送の場所でもあり、また戦時中は防空壕や野戦病院としても使用されました。

明治時代まではガマを使用した風葬が伝わる地域もあり、ガマは現世と異界との境界の場とされ、聖域であると同時に祖霊に触れる場所として畏怖されてまいりました。
ガマの中には、祈りの対象として祈りの場が設けられていたり、女神が出現したガマ、龍神信仰が伝わるガマ、コウモリ等が見れるガマ、喫茶店が併設するガマ、そのガマ、一つ、一つで形態が異なりますが、古代より、あの世とこの世の境として信仰されてきたのが伺えます。
時代の流れからか、今はガマも開発などでその役割を終えたりと形を変えております。

整備されていないガマの中にはハブ等がおりますので危険でありますが、整備されているガマは見学もでき、催しをしている場もありますので、昨今の状況が落ちつきまして、また旅行等にでかける事ができるようになりましたら、ぜひ一度整備されている神秘的なガマも見学下さい。

 

 

 

筆者:尚 満喜(しょうまき)
1984年生まれ、一新塾26期・47期生 神職として奉仕しながら
一般社団法人 琉球歴史文化継承振興会 副代表理事
NPO 片目失明者友の会 副代表を務める。