沖縄と豚文化①-「命どぅ宝」を食卓から考える
「豚は鳴き声以外、すべて食べる。」この言葉を聞いたことがありますでしょうか。
沖縄では古くから豚は特別な存在で、祝いの席には必ず豚があり、日々の食卓でも重要な栄養源であり続けました。皮や骨、内臓に至るまで無駄にしない食文化の背景には、命を余すことなくいただくという思想があります。
そうした価値観は「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」、命は宝という沖縄の根本的な精神ともつながっています。つまり、豚を食べるという行為そのものが、命と向き合い、感謝する行為だったといえます。
この記事では、まずシリーズ1として沖縄の豚文化の歴史や知恵を紹介し、なぜ豚が重視されたのか、どのように調理・保存されてきたのか、そして現代にその精神はどのように受け継がれているのかを考えたいと思います。
そしてシリーズ2では、沖縄島北部地域の名護市にある焼肉店「満味(まんみ)」を取材し、貴重なお話を紹介します。そのなかで店主・満名(まんな)さんは、“2度殺し”とは、すでに命を終えた豚の肉を粗末に扱ったり無駄にしたりすることで、命をいただく者としてその一皿と向き合う覚悟が求められる、と語っていました。この店では、お客さん自身がゆっくりと豚肉を焼き、その声に耳を澄ますように味わい、満名さんの丁寧な説明と共に豚肉と向き合う時間そのものが特別な体験となります。また、沖縄の保存食文化を体現する「スーチカー」や、豚の内臓を使った「中身汁」など伝統の一皿も味わうことができ、そこには沖縄の風土に根ざした暮らしと工夫がにじんでいます。
今回、私たちは実際に満味を訪れ、店主に話を聞き、調理や接客の様子を動画に記録しました。満味の料理に込められた想い、そして命と向き合う姿勢を、文字と映像の両面から伝えたいと考えたからです。
食べるとは、命をいただくこと。この当たり前で、でも時に忘れがちな事実を、沖縄の地で見つめ直してほしいと考え、まずは知られているようで知られていない沖縄の豚文化を、満名さんからのお話も交えて紹介したいと思います。
豚文化と私たち
沖縄の食文化において「豚」は欠かせない存在です。私たち若者にとっては、豚肉料理といえばラフテーやソーキそばなど、観光や家庭の食卓を通しては身近な存在ではありますが、コンビニやファストフードに囲まれた便利な生活の中で、その背景にある文化的な意味までを深く知る機会や食のルーツを意識することが少なくなっていると思います。しかし、沖縄の豚文化にふれることで食を通じた人とのつながりを改めて考えるきっかけになるとも考えます。豚文化は、地域資源はもちろん観光資源としてだけでなく、次世代に伝えるべき大切な地域の知恵と思います。
観光者へ伝えたい沖縄独自の豚文化
「豚は鳴き声以外、全て食べる」。これは沖縄の食文化を象徴する言葉です。沖縄では、豚は単なる1つの食材ではなく、暮らしや歴史、そして人々の思いが詰まった特別な存在といえるでしょう。観光客にも人気の沖縄そばのスープには豚の出汁が使われ、トッピングにはソーキや三枚肉など、豚肉の旨味がふんだんに詰まっています。また、沖縄風の角煮(ラフテー)、とろとろになるまで煮込んだ豚足のテビチコリコリの食感がくせになるミミガー、丁寧に処理された内臓を使い料理された中味汁など、多彩な豚肉料理があります。また、食文化は素材・調理法・味だけでなくその背後にある価値観や暮らしの物語を含んでいることから、沖縄の食を通して、沖縄のあたたかさや繋がりが見えてくるのではないかと思います。
継承される文化、問い直される「いただく」意味
かつて、沖縄の暮らしに豚は欠かせない存在で、耳や舌はもちろん、血や脂まで余すことなく命をいただく知恵が、沖縄の島々には息づいています。戦後しばらくまで、沖縄の多くの家庭には「フールと呼ばれる豚小屋がありました。海洋博公園おきなわ郷土村に行くと見学できますが、その設置場所は決まって家の北側で、食べ残しの芋や野菜のくず、さらにはカタツムリまで、身近なものが豚の餌になっていました。豚は単なる家畜ではなく生活の一部であり、「育て」「捌き」「いただく」までを家族や地域が一体となって行います。また、子どもの成長を祝う「十三祝い(トゥシビー)」の際には屠畜が行われ、振る舞い料理として豚肉がふるまわれました。
豚を育て、食べること、暮らすことが密接につながっている当たり前の日常がありましたが、もちろん現代ではフールのある家はほとんど見られず、今では、豚肉はスーパーマーケットやレストランで手軽に手に入ります。それでも、沖縄の正月料理、郷土料理の中に、豚文化は脈々と生きていると感じます。食べるという行為の背景にあるもの、命、労働、家族の記憶それらを思い出させてくれるのが、沖縄の「豚文化」です。すぐに食材が手に入る今だからこそ、この文化が伝えるメッセージに耳を傾けたいと考えます。

種豚を連れてくる“おばあ”の姿、全てを食べる意味
一方、豚の繁殖は、各地域の中で営まれていました。フールには母豚と子豚しかおらず、近所のおばあが「良質な種豚」を連れて回っていたといいます。種付けのために豚を貸し出すことは、ひとつの仕事であり、誇りある生業であったそうです。黒毛の豚が好まれたのは、沖縄の文化背景と深く関係しており、白い毛は死を連想させるため食用としては黒毛が主流になりました。また、沖縄の豚は成長がゆっくりで脂肪が多いという特徴があります。これは暑さや飢えに耐えるために自然に備わった体質であり、脂までおいしい肉として大切にされています。
また、豚の部位にはそれぞれ沖縄独特の呼び名があり、耳は「ミミガー」、額の皮は「チラガー」、舌は「シバ」、脂は「ウァーアンダー」、血は「チー」、そして足は「テビチ」と呼ばれています。内臓も骨も余さず、すべてが食卓を彩るように、三枚肉(ハラガー)やソーキ(骨付きあばら肉)、ラフテーなど、今や観光客にも人気の沖縄料理は、そうした命への感謝の上に成り立っているわけです。

まとめ
沖縄の豚文化は、「命を無駄にしない」「食を通してつながる」という、島ならではの価値観に支えられてきました。耳や足、脂に至るまで、すべての部位に名前があり、食べ方があり、想いがあります。それは、ただの知恵や伝統ではなく、命と向き合う姿勢そのものです。便利さが進む現代において、もう一度“食べる”という行為の本質を考えるとき、沖縄の豚文化は目に見えない背景まで含めて、食べることの意味を問い直してくれるでしょう。そして、沖縄に住んでいる私たちにも命の大切さや食べることのありがたさを考えさせてくれる存在です。
名桜大学国際観光産業学科大谷研究室 平安名玲加・宇宿優花・島崎笑実
参考資料
・「満味」店主の満名さんへのインタビュー記録
・海洋博公園おきなわ郷土村おもろ植物園 https://oki-park.jp/kaiyohaku/inst/80/83
・内閣府ホームページ「なぜ沖縄は「豚食文化」なのか?歴史から紐解く沖縄と豚の物語」
https://www8.cao.go.jp/okinawa/8/2023/okinawahukki50/content/eat02.html