久高島のカベール岬

沖縄古来の琉球神道について

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皆様こんにちは。
今回は琉球神道について簡単にご紹介させていただきます。
沖縄には琉球王国時代から沖縄本島を中心に信仰されてきた多神教宗教がございます。これを琉球神道とよんでおります。
琉球王国時代の琉球神道は第二尚氏王統、第三代尚真王時代に全国の神女体制を整理し、祭政一致体制を成立されました。

琉球神道は『中山世鑑』や『琉球神道記』などによると、大和の開闢神話と酷似した神話が記録されているとし、アニミズムと祖霊信仰を基本とするもので、海の彼方のニライカナイと天空のオボツカグラの他界概念を想定しています。
これらの異界に、太陽神(ティダと呼ばれる)を始めとする多数の神がおられ、また生者の魂も死後にニライカナイに渡り、肉親の守護神になるとされています。

琉球王国神女組織図

神様に仕える神官は女性が当たり、その神女組織は厳格な階級制で統制され、各神女を統括していた最高神女、「聞得大君(チフィジンガナシ)」は王家の女性から選ばれ、その下には三人の「大阿母志良礼(ウフアンシタリ)」がおり、その下に各地方を統括する「大阿母(ウフアム)」たち、さらにその下に各地域の祭祀を管轄する「祝女(ヌール・ノロ)」がいました。
祝女は豪族の娘や血縁者から選ばれ、また大阿母志良礼などは、王家となんらかの血縁関係にあったと考えられています。

琉球開闢神話は諸説ありますが、最も有名な伝説は、アマミキヨという神が、ニライカナイ(神の世界)から降り立ち、国づくりを始めたというものです。アマミキヨは島々をつくり、一組の男女を住まわせ、二人の間からは三男二女が生まれました。その長女が最高神官のはじめになりました。

名称の記述では、英祖王の長女が聞得大君とみられ、琉球国王を守護する国王のおなり神であり、王国を守護し豊穣をもたらす神が憑依するとされていました。その託宣は、国王を退位させるほどであり、国王に匹敵する力を持ち王妃より上位に位置付けられていた時代もありました。

古く十七,八世紀までは祝女などは女系相続であり、娘に祭祀とともに領地を継がせ、入り婿に入ってもらい、男女別姓を名乗りながら祭祀を継承していたと言われております。

神女装束

琉球王国は海洋貿易国家であり、長い年月の中、諸国と交易し、それらの国から多くの文化が取り入れられました。取り入れた外国文化は自国文化と融合させて、独特の文化を作り上げて行きました。
この融合の歴史を見ると、琉球には異文化や異国の信仰に対する寛容さがあったことが特出されます。私は本土で神職に就いておりますが、本土の神社神道と沖縄の琉球神道と学ばせて頂き有難く思います。
本土に居りましても、一日数回沖縄の神々を想います。
沖縄の神様方は変わりゆく世をどの様に想われていらっしゃるのだろうと、想いを馳せる事もございます。
沖縄の現地の信仰はとても大切なものです。本土にも各地で少しずつ信仰が違うように、沖縄古来の信仰も大切にし無理なく継承できたらと思います。
皆様方も旅行で来沖される時は、現地の信仰の仕方を護られ、沖縄の神様にお会いして下さい。

筆者:尚 満喜(しょうまき)
1984年生まれ。
短大卒業後、神職資格を取得し、現在は東海地方にて神職として神社に奉職しながら
一般社団法人 琉球歴史文化継承振興会の副代表理事を務める。
趣味:音楽鑑賞・映画鑑賞
座右の銘:誠心誠意

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