11+

日本遺産「上天妃宮跡の石門」【元琉球王族、尚家が語る沖縄への想い】

皆さん、こんにちわ。
今回は日本遺産の「上天妃宮跡の石門」についてお話しいたしたく思います。


14世紀末頃に渡琉してきた閩人(びんじん)三十六姓と共に、「航海を守る天妃」を祀る信仰も伝わってまいりました。那覇には、かつて上天妃宮・下天妃宮の二つがありましたが、現在は上天妃宮の石門だけが残っており、昭和52年4月8日、市指定史跡の文化財に指定されました。航海を守る天妃とは御名を媽祖(まそ)と申し上げます。

10世紀後半、中国福建省甫田県という所に媽祖と呼ばれ崇められていた女性がおり、吉兆を占うのに長けておりました。
その媽祖の死後、人々は廟を建て神として祀るようになり、いつしか航海安全の守護神として、中国南部の沿岸地方で広く信じられるようになりました。

当時の明の皇帝は媽祖に「天妃(てんぴ)」という称号を贈り、手篤く崇拝になり、冊封の船も、琉球の船も天妃を祀り、出発する時や着いた時には、天妃廟(宮)に詣でるのが慣わしとなりました。
上天妃宮が造られたのは15世紀半頃と考えられています。石門に続く石垣は、その積み方が御物城(オモノグスク)の石垣に似ており、その当時に建築されたものと推察できます。媽祖廟は横浜中華街に鎮座する御廟が有名であり、一度は足を運んだ事がある方もいらっしゃるかと思います。来沖の際にはぜひ遺構を偲び足を上天妃宮跡の石門にお運び下さい。

所在地:沖縄県那覇市久米1-3-8 付近

アクセス:モノレール旭橋駅より徒歩5分。久米バス停より徒歩2分

筆者:尚 満喜(しょうまき)
1984年生まれ。
自由が丘 産能短期大学卒業
神職資格を取得し、現在は東海地方にて神職として神社に奉職しながら一般社団法人 琉球歴史文化継承振興会の副代表理事を務める。

◆一般社団法人 琉球歴史文化継承振興会
https://ryukyu.or.jp